AJEC7月編集講座「次々とヒット作を生み出す作家エージェントの存在」を受講して

【講義内容】

◎オンライン講座

 「次々とヒット作を生み出す作家エージェントの存在」

      講師:栂井理恵(とがい・りえ)氏

        株式会社アップルシード・エージェンシー

副社長・エージェント           

     【講師略歴】

兵庫県出身。関西学院大学卒業。法律事務所や出版社での勤務、フリーライターを経て、2006年に当時は珍しかった作家エージェンシー「アップルシード・エージェンシー」に入社。以降、50人以上の作家、400冊以上の書籍を手がけてきた。ミステリ・サスペンス、歴史・時代小説から文芸作品までフィクション全般、新書やノンフィクションを得意としている。担当したフィクション作品に、累計50万部の歴史小説〈合戦屋シリーズ〉、累計100万部目前の時代小説〈三河雑兵心得シリーズ〉、推理作家協会賞短編部門「夫の骨」、最近では『天国からの宅配便』や『猫を処方いたします。』(文芸チームにて担当)等がある。ノンフィクション作品に、日韓累計58万部『死ぬときに後悔すること25』、10万部超『内臓脂肪を最速で落とす』、ミズノスポーツライター賞『広告を着た野球選手』、<いつか読んでみたかった日本の名著シリーズ>等がある。

アップルシード・エージェンシーHP:https://www.appleseed.co.jp/

Twitter ID:@rtogai(AJEC HPより)

 2023年度(第18期)の7月講座は、栂井理恵さんの「次々とヒット作を生み出す作家エージェントの存在」という講座でした。作家エージェントについては、AJECの講座でも佐渡島庸平さんが講演されています。

(「時代に合った新しい編集者像とは」https://www.edit-jp.com/report/2016-0519.html参照)

 栂井理恵さんは、作家エージェントという職業は、日本では珍しいが、外国では多い職業だと言われていました。編集者は、誰でも作家と向き会うことになるわけですが、その作家との向き合い方は、編集者としての資質を問われる問題でもあることがよく分かる講演でした。作家との付き合い方は、作家エージェントだけの問題ではないと思いました。

<講義内容>

●作家のエージェントの仕事内容について

・企画書の作成や原稿のブラシュアップのアドバイスを提供する

・作家や作品にとって最適な出版戦略を立てる

・出版業界の専門知識と広いネットワークを提供する

・契約条件を交渉して経済的利益を最大化する

・作家のキャリアを発展させるためのサポートを行う

●作家エージェントがヒットを生み出せるわけ

・出版不況の中、現場は作業量が増え、忙しい中、独自に才能ある新人を発掘して、「作家力」のある書き手へと育成しているから

・次のような点で、出版社の役にも立っている

①優れた作家や企画の発掘

②出版社にあった企画を紹介

③業界動向やトレンド、読者の嗜好などの情報提供

●作家エージェントの契約の仕組み

・作家とは数年単位で独占エージェント契約を結ぶ

・出版契約は、作家と出版社が結ぶ

→交渉の代行などもおこなうが、報酬はあくまでも作家の印税から

●編集プロダクション・出版プロデューサーとの違い

・よく似ているところもあるが、あくまでも作家との関係が中心であり、そのことに作家エージェントとしての強みがある

①作家とは数年間ともに仕事をする

②作家のキャリアを踏まえた企画やプロモーションの提案を行う

③作家の個性を理解し、制作進行に適切なサポートを行う

●新人作家の見つけ方

【文芸作品の場合】

・原稿応募(リーディング審査)

・インターネット(ブログ、SNS、note、小説投稿サイト)

・文芸誌や文学イベント

・文学賞

・紹介

【ノンフィクションの場合】

・企画応募

・セミナーや講座(企画書作成や作家養成のための講座)

・インターネット(ブログ、SNS、noteなど)

・紹介

●新人作家の可能性の見抜き方

・企画や原稿を見るときの5つのポイント

①創造性と独自性があるか

②作家に専門性や実績があるか

③マーケットに需要があるか、トレンドに合っているか

④既存のファンベースがあるか

⑤長期的なキャリアの構築が可能か

●新人作家の育て方

・可能性を引き出す3つのポイント

①美点を見つける

②引き出しを増やす

③作り続けられるように寄り添う

●作家とのコミュニケーションで気を付けていること

・作家と接するときのポイント

①「コントロール」する感覚をもたない

②相手の話を傾聴する

③「繰り返し」を嫌がらない

④相手の意見を頭から否定しない

⑤連絡はまめに、受領のお礼のみでもメール返信する

⑥作家の好きなことや得意なこと、苦手なことや嫌いなことを知ろうとする

⑦お願いすることの意図を明確にする

⑧美点を率直に伝える

⑨アドバイスが「個人的な好み」になっていないかよく考える

など

●これからの作家エージェントが目指すもの

・国内外へ広く届けたい

→海外市場を視野に多方面からアプローチを続ける

・未来へ長く届けたい

→作家や作品に「期限」はない、後世へと伝える

・変化の激しい時代でも、さまざまな垣根を打破して、「新しい才能」を、書籍として世に送り出し続けたい

<感想>

 確かに、「作家エージェント」という職業は、海外ではよくある職業といわれていますが、日本では珍しい存在です。作家と付き合う職業としては、出版社の編集者や、編集プロダクション、出版プロデューサーなどがありますが、職業としての「作家エージェント」は普通の編集者と、どこが違うのだろうかと興味を持って聞きました。

そして、最初のスライドにあった、キャッチコピーのような「作家の仕事はいい作品を書くことだけ」という言葉を見て、なるほどと思いました。それと同時に、今の時代は、そういう存在も必要になってきたのかということと、海外では、エージェントの存在は、普通なのだそうだが、日本ではかなりきつい仕事だろうなとも思いました。私たちがよく知っている会社に佐渡島庸平さんがつくった「コルク」という会社があります。コルクでも、作家エージェントだけでは経営は難しそうで、編集プロダクションや出版プロデューサーのような仕事もしています。要するに、コルクは、特定の出版社に所属していないフリーな編集部のような存在かもしれません。

最近のAJECの講座に登場している「売れている本」をつくっている編集者たちは、黒衣という存在とは違って、実名による出版キャンペーンなどもやっています。それは、編集者も個性を持っていいよということでもあると同時に、編集者としての仕事をしているだけではダメだということでもあります。そういうところに、「作家エージェント」の存在価値があるのかもしれません。作家と編集者の絆のようなもののあり方が、最近の出版界の状況によって変化してきたところもあるかと思います。

少し前にAJECの講座で講演された、越智企画代表の越智秀樹さん、加藤企画編集事務所代表の加藤晴之さんは「作家エージェント」だと思いますし、黒衣を脱いだ編集者たちも、ある意味では「作家エージェント」として振る舞っているようでもあります。彼らに共通するのは、自分が共感する作家たちとの共作のような本づくりのあり方です。勿論、彼らは、栂井理恵さんとは少し違った立ち位置で作家と付き合っているように思われます。

 栂井理恵さんが、「作家エージェントがヒットを生み出せるわけ」として、「出版不況の中、現場は作業量が増え、忙しい中、独自に才能ある新人を発掘して、「作家力」のある書き手へと育成しているから」と述べています。そして、①優れた作家や企画の発掘、②出版社にあった企画を紹介、③業界動向やトレンド、読者の嗜好などの情報提供などをしているとのことです。このことは、出版社の編集部ではできなくなっていることを代行しているということでもあります。多分、出版社はコスト削減のために、いろいろなことができなくなってきているのだと思われます。

 これらのことは、編集プロダクションの存在の意義にも通じることです。編集プロダクションは、①出版社がやるよりコストが少なくて済む、②出版社の編集者にはできない特殊なノウハウを持っているという、2点の特色を持っていれば最強です。取り敢えず、エディットで言えば、適切な価格で、どんなことにも対応できるという力が、エディットの強みということになるわけです。栂井理恵さんのところの強みは、作家を育てるノウハウを持っていると同時に、報酬は、出版社からではなく著者からもらう(印税の中に納まっている)ということだと思います。その分、作家との関係でかかる出版社のコストが削減できます。

 「作家エージェント」と同じようなことは、本当は出版社でもできるはずですが、それが多分構造的にできなくなっているのだと思われます。書籍がいちばん売れたときは1996年で、そのときの売上金額は10、931億円でした。それが2021年には6,804億円になっています。これは、取次経由の販売金額ですが、雑誌はもっとひどい状況になっています。そして、出版点数は、そんなに減っていないものと思われます。文庫本などでは、新刊点数は増加しているようです。つまり、売り上げが40%ちかく減っているのに、発行点数はそんなに変わっていないということです。少なくともトータルとしてみれば、1冊当たりの本の経費を減らさないとやっていけないということになります。講談社や小学館の決算を見ても、紙の書籍は売り上げが減少し、利益を出すのも厳しくなっています。

 作家との付き合い方は、作家エージェントであろうと、普通の編集者や編集プロダクションの編集者であろうと、基本的には同じであるべきです。しかし、現実は、それぞれが特色を発揮して、仕事の棲み分けをしているのだと思います。あるいは、違わざるを得なくなっているがゆえに、それぞれに委ねられているということかもしれません。編集プロダクションの編集者の相手は、作家というより、ライターさんといわれている人のほうが多いと思われますが、彼らも作家であることは間違いありません。私たちが、栂井理恵さんに学ぶべきことはたくさんあると思われます。

 ところで、作家エージェントが海外では普通であり、村上春樹なども翻訳本は、エージェントに依頼しているようですが、特に海外展開では、言語の壁のほかに地域の商習慣の違いがあり、作家エージェントの活躍の場があるのかもしれません。また、アメリカやイギリスなど海外で多く、日本では少ないのは、アメリカやイギリスの一般的な印税が15%だというのがあるかもしれません。日本は、一般的には10%が普通です。ただ、日本でも売れている作家は多少印税率も上がっているようですし、本以外の2次使用などが増えてきていて(映画やアニメになるなど、版権利用による収入が増加)、作家によってはより多くの報酬を得られることがあり、売れている作家は個人的にエージェントを雇っている場合もあるようです。

ただ、クリエイターの世界は、本だけではなく、アニメや動画などの分野が広がっていて、今後、新しいエージェントの仕事が増えているようです。現在は、マンガ家たちも個人ではなく、チームを組んで作品づくりをしている場合が増えているようですし、アニメなどでは、たくさんのスタッフで仕事をしています。特に、Webの世界などでは、新しい分野がまだ広がっていく可能性があります。YouTube動画のクリエイターには、もうすでにエージェントがついていますし、UUUM(https://www.uuum.co.jp/)の場合は、有名な「ひかきん」が事務所づくりに自ら関わり、自分が所属しているだけでなく、多くのクリエイターを抱えている上場企業でもあります。作家エージェンシーというより、芸能事務所と言ったほうが近いのかもしれません。

 こうした新しい流れの中でも、栂井理恵さんの「作家エージェント」としての仕事は、いちばん私たち編集プロダクションが共感でき、作家との付き合い方の基本として、参考になる仕事だと思いました。また、ひょっとしたら、どこかで栂井理恵さんと一緒に仕事をすることもあり得ると思いました。そうなったら、楽しいですね。

(文責:エディット東京オフィス 塚本鈴夫)