AJEC11月編集講座「生成AIと編集制作-実践編-」聴講レポート
私などは、「AIは自分たちの仕事を奪う脅威ではないか」あるいは「自分のようなアナログ人間には使いこなせないのではないか」と、どこか距離を置いていた者なのですが、藤本隆氏の講座を聞いて見えてきたのは、全く逆の景色でした。AIを動かすために必要な「論理的な思考」や「詳細な指示出し」は、私たちが編集キャリアの中で培ってきた「段取り力」そのものだったのです。
今回のレポートは、講座を聴講できなかった編集者の皆様に、編集者がAIを活用するための10のポイントをお届けできればと考えております。
2025年11月27日(木) 18:00~19:30(90分)
日本編集制作協会(AJEC)11月編集講座【オンライン講座】
「生成AIと編集制作-実践編-」
講師 藤本 隆(ふじもと・たかし)氏
編集者のための「生成AI」活用 10のポイント
1. プロンプトは「編集者の良質なオリエンテーション」そのもの
AIへの指示文(プロンプト)を「プログラミングのような特殊な技術」と構える必要は全くありません。藤本氏は、「プロンプトを上手に書く力=編集者が得意な段取り力」であると言われました。私たち編集者が、スタッフや外部ライターに仕事を依頼する際、「誰に向けて、どんなトーンで、何のために書くのか」を事前に説明する、あの「良質なオリエンテーション(事前説明)」の能力こそが、AIを正しく動かすための最強のスキルになります。
2. 「構造化」がAIの知能を最大化させる
AIは人間と同じように、情報の優先順位が整理されているほど理解が深まります。文章をダラダラと羅列するのではなく、大見出しには「#」、箇条書きには「-」 を使うといった「マークダウン形式」を積極的に活用することをお勧めします。情報を階層構造で示してあげることで、AIは「どこが重要な指示で、どこが参照データなのか」を瞬時に見分けられるようになり、回答の精度が飛躍的に高まります。
3. 知識を与えて嘘を封じ込める
AIの最大の弱点であるハルシネーション(もっともらしい嘘)を防ぐには、AIが元々持っている不確かな知識に頼りすぎないことが肝要です。「この資料(自社ルールや信頼できる原稿)を優先して参照し、それ以外からは引用しないで」と、こちらから「正しい情報源」をセットで渡してあげます。編集者が「正しい素材」を用意し、AIには「調理(整理や要約)」だけを任せるという役割分担に徹することで、確実な成果が得られます。
4. プロンプトを「チームの資産」にする
AIとのやり取りを個人のPCの中だけで完結させていては、組織としての進化は止まってしまいます。チーム内で共有する「指示書テンプレート」を作ることをお勧めします。うまくいったプロンプトを共有すれば、「Aさんのこの条件付けのおかげで、校閲の精度が上がった」といった知見が蓄積されます。これにより、誰が使っても同じ品質の結果が得られる「チームの共有財産」へと進化していきます。
5. AIは「東大卒の新人(でも社会常識ゼロ)」
藤本氏はAIを「知識量は凄まじいが、現場の文脈や常識が全くない新人」にたとえています。ベテラン同士なら「いつもの感じで」で通じることも、AIには一切通用しません。一度に複雑なことを頼むと混乱してミスをするため、「まず情報を整理する」「次にそれを要約する」「最後に誤字チェックをする」といった具合に、作業工程を細かくステップに分けて指示を出すことが、失敗しないための鉄則です。
6. プロンプトの修正は「AI自身に依頼」する
作成したプロンプトで思うような結果が出ないとき、自分一人で頭を抱える必要はありません。そのプロンプトをそのままAIに見せて、「この指示のどこが曖昧か、AIにとって実行しにくい部分はどこか指摘して」と逆質問してみることをお勧めします。AIによる客観的な指摘を受けることで、人間が気づかなかった論理の飛躍や説明不足が明確になり、プロンプトの精度を素早く上げることができます。
7. 文字数カウントの苦手は「分割」で克服
意外なことに、最新のAIでも「〇〇文字以内で要約して」という指示を確実に守ることは苦手です。これは、AIが文字を「数」ではなく「情報の塊」として捉えているためです。これを解決するには、「まず内容を要約し、その後に文字数をカウントして、規定を超えていたら削る」という二段階のプロセスを指示することです。作業を分ける(トリガーを設定する)ことで、AIは一字一句を意識し始め、文字数制限という高い壁をクリアできるようになります。
8. 「否定形」ではなく「肯定形」で指示する
AIに指示を出す際は、「嘘を書かないで」「余計な説明をしないで」といった否定的な表現よりも、「事実に基づいた情報だけを書いて」「結論だけを簡潔に回答して」という肯定的な表現の方が、はるかに高い効果を発揮します。脳科学的に人間が「〜するな」と言われると逆にそれを意識してしまうのと同様に、AIも「すべき行動」を具体的に示された方が、迷わずにタスクを完遂できるという特性があるためです。
9. 著作権を守るための「一行プロンプト卒業」
検索エンジンのように短い「一行プロンプト」で出た回答は、AIが学習データから平均的に導き出した「誰でも出せる一般論」に過ぎません。これでは自社のコンテンツとしての独自性や著作権を主張しにくいリスクがあります。独自の資料を与え、細かなトーンを指定し、独自の編集意図を組み込んだ複雑なプロンプトで制御してこそ、その成果物は編集者の「創作的寄与」が認められるプロの仕事となり、他社との差別化が可能になります。
10. AIは「敵」ではなく「面白いツール」
「AIに仕事が奪われる」と悲観的になるのは、最ももったいないことです。AIは私たちの創造性を奪う敵ではなく、面倒な下準備を肩代わりしてくれる有能な助手です。「編集者にしかできない最終判断や読者への思い」と、「AIが得意な膨大な情報の整理能力」を掛け合わせれば、これまで一人では数日かかっていた企画や編集作業を数時間に短縮できるかもしれません。この「新しい遊び道具」をどう面白がるかが、これからの編集者の腕の見せ所です。
おわりに
長年、紙やデジタルという媒体に向き合い、言葉を編んできた私たちの仕事は、決してAIに取って代わられるものではありません。むしろ、私たちがこれまでのキャリアで無意識に磨いてきた「情報の価値を見極める目」や、「相手に正しく伝えるための段取りの力」こそが、AIという強力なエンジンを乗りこなすための唯一無二の手綱になります。
AIは魔法の杖ではありませんが、私たちが正しく導けば、これほど頼もしい助手はいません。私たちが新しい技術を面白がり、使い倒した先に、きっと新しい時代の「編集」の形が見えてくるのではないでしょうか。
2025年12月24日 株式会社エディット(文責:伊藤隆)

