「page2026」基調講演「AI時代の印刷ビジネス再考(完結編)」レポート
●「page2026」基調講演「AI時代の印刷ビジネス再考(完結編)」レポート
・イベント名: page2026
・登壇者: 本間充 氏(株式会社マーケティングサイエンスラボ)
岡本幸憲 氏(株式会社グーフ)
網野勝彦 氏(株式会社研文社)
郡司秀明 氏(日本印刷技術協会)モデレーター
ちょっと前になりますが、2026年2月18日から20日にかけて、東京・池袋で開催された「page2026」での基調講演を聴講してきました。「page」は1988年から続き、もうすぐ40年になろうかという歴史を誇る印刷業界の国内最大イベントです。毎年2月に池袋サンシャインシティで開催されています。
▼pageのあゆみと出版印刷業界のいま
pageの歴史は長く、DTPの黎明期には当時組版ソフトとして圧倒的シェアを占めていたQuarkXPressが入り口にどーんとブースを構え、その先にIllustratorやPhotoshopを擁するAdobeのブースがあり、製版ゾーンではDTPデータから直接刷版を出力できるCTP装置や、デジタル色校機などが並べられて出版印刷の新時代への変化を華やかにアピールしていました。
時は流れ、DTPアプリ首位の座がInDesignに代わって、デザイン・組版におけるAdobe一強色が濃くなると、これらのアプリをより多目的に使いこなすためのデータベースシステムや自動組版システムの出展が増えました。フォントも巨人・モリサワに対抗すべく、フォントワークスなど多くのフォントメーカーがブースを構えていましたね。印刷ゾーンでは、少しずつですが粉体トナー、液体トナー、インクジェットなどの技術を使ったオンデマンド印刷機の出展が多くなっていきました。
さらに時が流れ、ネットでの情報流通が主流になるにつれて、少しずつ出版印刷業界の元気がなくなってきたなぁと感じていたところへ、コロナ禍による経済打撃がありました。外出すらままならない中でネットを活用したサービスが一気に広がり、人と人との交流や経済活動の潤滑剤になっていた印刷物の多くが窮地に立たされ、広告媒体の減少や雑誌の廃刊などが加速してしまいます。生成AIによる新たな情報爆発へと続くこの5年で、この業界は大きな試練に直面しているように感じます。
今年のpage2026の会場をぐるっと巡ってみると、DTP関連のゾーンでは成熟市場となりライバルが事実上いなくなったAdobeはずいぶん前から出展しておらず、フォントのモリサワは元気に大きなブースを構えているものの、他のフォントメーカーは今ひとつ元気がなく、工程管理システムや検版アプリなど、目的特化の比較的小規模な出展が目立ちました。製版・印刷ゾーンはまさにオンデマンド祭りに近い状況で、製本まで完全自動のオンデマンド機がいくつも展示されて注目を集めていました。
▼現状を正しく理解する
とまぁ、新しい動きはありつつも明るい未来は正直見えづらい出版印刷業界の展示会において、「AI時代の印刷ビジネス再考(完結編)」と銘打った基調講演はなかなかのインパクトです。これはぜひ聞かなければ、と出かけていきましたが、申し込みがうまくできていなかったようで席がなく、メモを取りながら立ち見の90分はなかなかの修行でした(汗)。講演のメッセージは主に印刷会社に向けてのものでしたので、編集者の立場に置き換えて考えたことがメインになりますが、レポートいたします。
出版印刷業界がいまや「好調」とは言えない状況であることは認めなければいけません。「印刷がメディアの王様」であった時代はもう過去のことです。新聞やテレビがオールドメディアと言われ叩かれていることと同じ背景ではないでしょうが、ネットを介して個人ベースも含む莫大な情報を受け取ることができる現代において、新聞も、テレビも、多くの印刷物も、「1つの情報を多くの人に」提供するマスメディアというスタイルが「古い」と言われてしまう状況です。
もちろんテレビでも雑誌でも緻密なセグメンテーションによる読者・視聴者の細分化と、細分化した対象にしっかり合わせた情報の編集が行われているのですが、その対象を塊で捉えて、できるだけ多くの人に向けて一律発信する手法は、はるかに細かい生活スタイルや好み、直近の行動からも対象者を捉えることができるデジタル情報の世界から見れば、「効率の悪い古い情報発信のしかた」になってしまうのでしょう。基調講演のやりとりの中に、「100万通のDMよりも、本当に欲しい人に向けた1000通のオンデマンドの方が効果が高くなる。これが現代のデータの力」という話がありました。
あまり良くない例えですが、従来のマスメディアは「このあたりの人々に刺さりそう」なコンテンツを散弾銃方式でドーンと撃つ形だったわけで、これに対して現代のデジタルマーケティングは、「この人が欲しがっている」コンテンツをゴルゴよろしくピンポイントで撃つことができるというわけです。
もちろん、旧マスメディアのやり方には、それまで興味がなかった人にも情報が届き、ひょっとすると思いがけないファンを獲得できる可能性があったり、薄く広くブランドを浸透させる効果があったりしたはずで、その存在意義は今もあるはずですが、何でも数に頼る情報の出し方では、趣味嗜好がより多様化しているであろう現代社会では成功率が下がる一方だ、ということになります。「数ありき」の思考から脱却して、「イメージ戦略だからあえて数を」「届けたい相手を絞り込めるから、そこに特化してごく少量で」を冷静に使い分ける必要があるということですね。
▼紙は、印刷物は、なくなってしまうのか
高度に情報化が進んだ現代においては、顧客を細分化して捉えるどころか、完全にひとりひとりを個として把握し対応することが技術的に可能です。動画サイトを見ていると、ついつい見てしまいがちなジャンルの動画がどんどん「寄ってくる」ことにちょっとした恐怖を感じますし、買い物サイトを見ていると、買おうか迷って諦めた商品やその類似品が、忘れかける直前の絶妙なタイミングでレコメンドされてついポチってしまうこともしばしばです。これが「データの力」なのですね。
印刷物はもともと「大量の複製」を作るための技術です。オフセット印刷で書籍を作る場合などは、少なくとも3000冊とか5000冊は売れる目処がないと企画にゴーがでないわけです。刷れば刷るほど1部あたりの単価がどんどん安くなっていくのが印刷ですから、データで細分化されまくった「個」に向けての情報発信とは、水と油のような関係になってしまいます。
では、印刷物はやがてなくなってしまうのか。基調講演では、パネリストのお三方ともに「答えはノー」でした。デジタル化が進み、SNSで膨大な情報がやり取りされ、下手をすれば一人で複数台のスマホを持つご時世になればなるほど、一方で「紙への信頼」が取り戻されつつあり、その価値も高まっているとのこと。
印刷物というのはもともと貴重なものであり、ある意味オフィシャルなものでした。江戸時代の書籍などは大切に大切に保管され、今でも蔵からお宝として発掘されたりしますが、明治に入り、活版印刷の技術が導入されてからも、印刷物というのは文豪の作品しかり、新聞しかり、限られた雑誌しかりで大切な情報源だったのでしょう。それだけに、丁寧に編集され、丁寧に印刷製本されてきた。戦後オフセット印刷によるカラー、大量印刷と写植による組版の低価格化、高速化で紙メディアの量は爆発的に増えましたが、テレビという強敵が現れてなお、紙メディアは独自の地位を保っていたような気がします。
コモディティ化という言葉があります。もともと付加価値の高かった商品やサービスが大量に出回ることで他との差異がなくなり、激しい価格競争にさらされてしまうことを言うそうですが、昭和の終わりから平成にかけて、印刷物の多くがコモディティ化していったような気がします。印刷技術の成熟に加えてDTPやデジタル技術による印刷物製作の低コスト化、短期化がピークを迎えて、街ではカラフルなチラシがそこここで配られ、駅や商業ビルには何種類ものフリーペーパーがあふれていた時代。しかもそこにインターネットという強大なインフラが現れ、やがて情報源のメインをスマホが担うようになりました。
無料の印刷物が街にあふれた時点で、印刷メディアの価値はいったん底をついたのかもしれませんね。ここへ先ほども話したコロナ禍と現在爆発中の生成AIによる情報の大量流通がとどめを刺した・・・はずですが、ここしばらくで雑誌や書籍、無料の印刷物が驚くほど減ってしまったことが、期せずして印刷物の価値を再び高めることに結びついたのかもしれません。かつてのように、1つの情報を大量に印刷して市場にばらまくスタイルはもう戻ってこないと思いますが、印刷物、という媒体そのものは、今ものすごい勢いでデジタル情報がスマホやパソコンから流れてくることと対比して、その価値を取り戻しつつあるのかもしれません。
▼価値ある媒体を活かす
基調講演の席で、本間氏が興味深い話をしておられました。曰く、もしあなたに時間とお金があったら、明日から1週間、LAのディズニーに通ってみてください。3日目から驚くおもてなしが始まります、と。3日目にゲートをくぐると、キャストがあなたに話しかけてきます。しかもファーストネームで。「おはよう、タカシ。昨日のあのアトラクションは楽しかっただろう? 今日はまだ乗っていないこのアトラクションに行ってご覧よ、きっと楽しめると思うよ!」
私はもちろん行ったことがないので実際どうかは知りませんが、この対応を受けたらびっくりするだろうなぁと思います。そして大々ファンになるでしょうね(笑)。3度目の登場ですが、これが「データの力」です。今時、ネットで登録して予約してホテルに泊まり、QRコードやスマホをかざして入出場やアトラクションに行っていれば、私のディズニーにおける行動は、下手すれば何を食べたかまでトラッキングが可能です。このデータを解析し整理してAIで編集すれば「おはよう、今日も楽しんでね」ではなく、まさに私専用の、さきほどのキャストの声かけが作れるわけです。
ここで大切なことは、この声がけはスマホのアプリに表示されるのではなく、キャストが直接話しかけてくれる、ということです。キャスト、つまり人間こそがもっとも高付加価値なコミュニケーション媒体ですから、人を通じて伝えられることが、ゲストをもっとも感動させるのですね。ある意味、スマホアプリのメッセージは、人間に比べて付加価値が低いだけではなく、すでに情報媒体としてコモディティ化しているのかもしれません。
データとAIを最大限活用して生み出した完全個別かつリアルタイムなコンテンツを、より高付加価値なアナログ媒体を通じて顧客に届ける。これが最先端かつ人に刺さるコミュニケーションの形なのですね。たとえキャストはプロンプターに表示されるデジタルコンテンツを見て話しているのだとしても、その情報がスマホアプリにピコンッと着信するのとは価値が大きく異なるわけです。身体などの物理的でリアルなもの(=フィジカル)を媒体にしてデジタルにより個別化された情報を届けることを「フィジタル」と呼ぶのだそうです。お互いのいいとこ取りですね。
▼これからの編集に求められるセンスとは
だんだん未来図が見えてきました。質の高いコンテンツや話題のコンテンツを大量に印刷して世に放ち、大衆がそれに群がる時代は終わりました。今は、人々が情報や刺激に飢えていた時代とは違いますし、人々の趣味嗜好や求めるものも見事に多様化しています。もちろん今の世にも大ヒット御礼で動員記録を塗り替える映画は出ますし、何億回も再生される動画があるのですから、マスな需要がゼロになったわけではないはずです。しかしこれを狙って仕掛けるのは本当に難しい時代なのだと思います。
多様化した世の中でありながら、今は、個々人の趣味嗜好や生活、行動記録、なんなら健康管理のデータに至るまでがデジタル情報化され、その履歴が追える世界の入り口にいます。もはや入り口から随分中に入っているのかもしれません。AIの進化とともに、それらを統合して分析する精度もどんどん向上していくのでしょう。ひとりひとりにとって今必要な、今興味がある情報を「編集」することは、デジタルの得意分野になっていくはずです。
一方で、デジタルによって生成される「自分のためのコンテンツ」も、あふれるように配信されるようになれば、人はそんな情報に対して食傷気味になってきますよね。そのときでも情報の信頼性を担保することができる媒体が人間であり、印刷物なのかもしれません。デジタル技術を使って高度にマッチングされた情報が、人によるサービスや印刷物──とりわけ「本」でしょうか、これらと結合することで、価値を生むようになるのかもしれません。
となると、デジタルを活かして制作する個々人に合わせた情報や、少数の人々に強く求められ深く刺さるコンテンツを、素早く紙媒体の制作へと落とし込んでオンデマンド印刷によってスピーディーにリリースする。そんな技がこれからの編集者には求められるようになりそうです。多くの情報の組み合わせや掛け合わせからどんなコンテンツが生み出せるのか、どんなコンテンツが求められていて、よりフィットするのか、その企画の妙味が編集者の力量となるのでしょう。同時にデジタルと印刷、両方に対する深い知識とスキルも必要です。
基調講演では、デジタルと印刷媒体の間では情報が行き来しなければいけない、という話もありました。デジタルを素早く印刷に落とし込んでリリースして終わり、ではないということです。印刷媒体に接した読者のリアクションが、再びデジタル情報に戻るしくみを考えるのも編集者が楽しむべき領域になりそうです。私の昭和脳からは、誌面に入れたQRとの連携や、誌面とアプリの併用といった「アナログチックな」連携しか思い浮かばないのですが(汗)、きっといろいろなアイデアが生まれてくるはずです。
ある小さな子どもの興味関心や好き嫌いのデータから、その子にぴったりの世界でたった1冊の物語絵本をオンデマンドで作る。なんなら主人公の名前をその子が付けてもいいし、その子自身を主人公にしてもいい。大好きなペットのワンちゃんが登場するのもアリですね。そして、物語の中の仕掛けに対するその子の反応をデジタルデータとして受け取って、その続きのオリジナル絵本が届く。そんなサービスもやがて当たり前になるのでしょうか。
▼過渡期だからこそ変化が必要
大量印刷を基盤とした紙媒体のビジネススタイルは終わりつつありますが、一方で紙媒体の価値はむしろ見直されている。今後は、デジタル技術をフルに活用した個別対応のコンテンツを、オンデマンドなどのごく少数印刷、製本と組み合わせて新たな価値を創出してゆくべきだ。基調講演のメッセージはこのようなものだったと思います。
しかし紙は終わらないとしても、その裏ではとても大きな発想の転換と技術の転換が必要だということにも納得です。編集者はこれらの発想転換、技術転換についていかなければなりませんし、なんならその先端をいく姿勢が必要ですね。部数とともに原価が下がり、利益率が上昇する旧型のビジネススタイルから脱却して、デジタルと新しい技術のミックスから新しいサービスのあり方、価値、価格のあり方を作り上げていかなければなりません。
運良く生成AIが登場してくれました。「生成AIが仕事を奪う」と言う人もいますが、それはAIが「いままで通りの仕事」を奪う、ということです。むしろ編集者はこの生成AIを相棒に、今までの何倍ものスピードでコンテンツを仕上げられるようになる可能性があります。その分、編集者が関わる仕事の領域をデジタルデータへ、デザインへ、印刷製本へと広げていくべきなのでしょう。
一人ではとても手に負えないからこそ、印刷業界はいくつもの役割、工程に分かれて互いに分業してきました。しかしデジタルの波、AIの波は「一人でもできること」の領域を大きく拡張しつつあり、旧来の工程をお互いに飲み込んで統合しようとしています。「編集」という仕事は、その波に興味関心を持って乗っていけるものの1つなのだと思います。ちょっとしんどいけれどワクワクしませんか?
もちろん、世の中がデジタル一辺倒になるとは思いません。すべてがAIで編集されるとも思いません。価値を生むためのアプローチは、今なお星の数ほどあるのかもしれませんし。でも、だからといって大きな世の動きに背を向けるのは編集者らしくありません。新たな出版印刷のあり方、編集者の仕事のあり方を開拓しつつ、同時に印刷物、紙媒体を価値あるメディアとして高い品質のコンテンツで守っていく。そんな編集者でありたいと思わせる基調講演でした。
・・・あれれ、ずいぶん長大な話になってしまいました。ともあれ、世の変化を楽しみたいですね。ではこのあたりにて。
(企画ソリューション部 藤本)

