第9回編集プロダクションフェア2026 特別講演会「出版社社長から書店経営へ、身をもって感じたこと」を聴講して
2026年3月19日、神保町の出版クラブホールで開催された「第9回編集プロダクションフェア2026」は、有限会社矢崎書店の代表取締役・矢﨑謙三氏による特別講演会で幕開けしました。
かつて出版社の社長をされていた矢﨑氏は、現在、エプロンを締め、街の書店主として日々お客様と向き合っています。
テーマは「出版社社長から書店経営へ、身をもって感じたこと」。
本稿では、矢﨑氏が語った編集プロダクションとの共創の在り方などについて印象的な内容を三点、レポートいたします。
●第9回編集プロダクションフェア 特別講演会
テーマ:「出版社社長から書店経営へ、身をもって感じたこと」
日時:2026年3月19日(木)13:00~14:30
会場:出版クラブホール・会議室
講師:有限会社矢崎書店 代表取締役 矢﨑謙三氏
1. 外部パートナーは「新しい風」を運んでくれる
講演のなかで矢﨑氏が語ったのは、版元編集者がより良いコンテンツを生み出すために必要な「視点の広げ方」でした。
■「共創パートナー」としての編集プロダクション
かつて出版社の社長でいらした矢﨑氏は、編集プロダクションの編集者を単なる作業の代行者としてではなく、企画に「新しい風」を吹き込み、客観的で鮮やかな切り口をもたらしてくれる「共創パートナー」であると定義しました。
組織の内側だけで企画を練れば、どうしても視界が一定の範囲に留まりがちです。
版元編集者が独りで抱え込むのではなく、外部のプロフェッショナルと対等に意見を交わし、切磋琢磨する。
そのプロセスを経てこそ、読者の心に深く刺さる「強いコンテンツ」が生まれるという、編集の本質に触れるお話でした。
■ 信頼関係に基づく「Win-Win」の追求
また、外部パートナーとの関係性において、矢﨑氏は互いの専門性を尊重し合うことの大切さを説きました。
単なる業務の依頼に留まらず、共通の目標に向かって詳細まで突き詰め、互いに高め合えるWin-Winの関係を築けるかどうかが、クオリティを左右します。
かつて仕事を共にしていた編集者が会場にいることを受け、「彼らとはきっと、互いに刺激し合える良い関係でいられたと信じています」と穏やかに振り返る姿には、立場を超えたプロ同士の深い敬意が滲んでいました。
2. 書店という現場で見えてきたもの
後半は、現在の書店経営という「現場」での気づきについて語られていました。
会場からは、出版社の元経営者というバックグラウンドを、現在の顧客対応にどう活かしているのか、という質問が投げかけられました。
これに対し、矢﨑氏の回答は誠実なお人柄を感じさせるものでした。
■「ただのおじさん」として向き合う
「そもそも僕が以前何をしていたか、お客さんは知りません。僕自身、自分から言うつもりも全くありません」
矢﨑氏は、自身のキャリアを誇示するのではなく、街の「ただのおじさん」として、気さくに、かつ誠実にお客さんと対話することを何よりも大切にしています。
お客さんが求めているのは、肩書きによる教えではなく、自分の本探しに寄り添ってくれる「信頼できる隣人」のアドバイスだと言われていました。
■ 専門知識をサービスへ昇華させる
もちろん、長年培ってきた膨大な知識を封印しているわけではありません。
「ハヤカワ文庫は他の文庫より少し背が高い」
「新潮文庫のスピンには独特のこだわりがある」
といった、業界ならではの知見。
これらを知識の披露としてではなく、お客さんが本を選ぶ際のささやかな助けとして提供する。
専門的な知見をサービスへと翻訳するその姿勢は、私たちが専門性をどう企画書に落とし込むかという問いへの、一つの答えと言えるかもしれません。
3. 人との繋がりこそが武器
矢﨑氏は長年のキャリアで築いた「人との繋がり」こそが、デジタルの時代にあっても最大の武器になると語りました。
■ データの力を超える「信頼のネットワーク」
近所に住むお客さんから「あの本をどうしても手に入れたい」と相談を受けたとき、ネットワークを駆使して版元に直接掛け合い、本を取り寄せることがあるといいます。
これは単なる物流の仕組みではなく、矢﨑氏という「人」への信頼があるからこそ実現する特別なルートです。
データによるマッチングも重要ですが、矢﨑氏ならではのネットワークで読者に感動を届けていることに注目したいところです。
結び
「ただのおじさんですから」と言われる矢﨑氏の語り口。
そう謙遜しながらも、最前線で読者と本を繋ぎ続ける矢﨑氏の背中。
書店で見せるというエプロンを締め、穏やかな笑みを浮かべてお話しされる姿が印象的でした。
私たち編集者もまた、そのしなやかさを持ち合わせ、新しい技術や外部の才能と手を取り合いながら、次の一冊を編み出していきたいものだと感じました。
(企画ソリューション部/伊藤 隆)








