AJEC編集講座・第2回「編集者が知るべき法知識-生成AI時代の知的財産権-」聴講レポート
今回は、先日開催されましたAJEC(日本編集制作協会)編集講座の第2回レポート(講師:ベネッセコーポレーション 並木瑛子 氏)をお届けします。
●【講座レポート】2026年度 AJEC編集講座 第2回
編集者が知るべき法知識-生成AI時代の知的財産権-
日時:2026年7月23日 18時~19時30分 (オンライン形式)
(講師:株式会社ベネッセコーポレーション 並木 瑛子 氏)
「法律の専門家としてではなく、皆さんと同じ現場の編集者という立場で、実務の棚卸しをお話ししたい」という言葉で本講座は始まりました。
講義を通じて最も心に響いたのは、並木氏が後半で強調された「どれほど法律知識を深め、AIのルールを整えても、コンテンツ制作の根底にあるのは『人間同士の信頼関係』である」ということです。
本レポートでは、講座で語られた法務・リスク管理のポイントを振り返りつつ、編集者に求められる信頼関係の築き方についてまとめてみました。
1.新シリーズ立ち上げ時こそ要注意!「知的財産権」の落とし穴
新しい書籍や教材、Webコンテンツを立ち上げる際、まず頭を悩ませるのが「タイトル」や「デザイン」の決定です。しかし、ここで確認を怠ると、後から思わぬ権利侵害トラブルに発展することがあります。
他者が権利を持つ名称や意匠を扱ううえで、産業財産権として押さえておきたいのは以下の4つです。
- 特許権:発明を保護する
- 実用新案権:考案を保護する
- 意匠権:物品や画像の美的デザインを保護する
- 商標権:商品やサービスを区別するための言葉や図形を保護する
特に編集者が関わるのが「商標」や「意匠」です。シリーズ名や独自の学習法などをネーミングする際、他社がすでに商標登録していないかの確認は必須となります。なお、近年はデジタル画面のデザインやアイコン等にも適用範囲が広がっており、意匠法の改正動向などにもアンテナを張っておく必要があります。「知らなかった」では済まされない時代だからこそ、企画の初期段階でチェックする癖をつけることが大切です。
2.「肖像権」と「パブリシティ権」の違いを整理する
誌面やWebサイトに人物の写真やイラストを掲載する際、誰もが意識するのが「肖像権」です。肖像権はすべての人間が持つ「みだりに自分の姿を撮影・公表されない権利」ですが、現場ではもう一歩踏み込んだ「パブリシティ権」との違いを理解しておく必要があります。
- 肖像権:万人に認められた人格権
- パブリシティ権:著名人の名前や姿が持つ「経済的価値(集客力)」を独占的に利用する権利
パブリシティ権の対象は写真(肖像)だけにとどまりません。氏名、署名、音声、ペンネーム、芸名など、その人を特定できるあらゆる要素が対象となります。タレントや著名人の名前を安易に企画のキャッチコピーに使ったり、似た声のナレーションを勝手に使用したりすることは、パブリシティ権の侵害リスクを伴います。
3.生成AI時代のコンプライアンスと「人間としての配慮」
生成AIの台頭により、画像や文章の生成、音声の再現などが誰でも手軽にできるようになりました。だからこそ、今年度の講座では生成AIに関わる権利侵害リスクについて手厚く解説されていました。
個人情報は単なる文字データ(氏名や住所)だけでなく、他の情報と照合することで個人を特定できるものすべてが含まれます。アンケートの回答や読者の声、写真の背景に写り込んだ細かな情報など、編集者の《うっかり》が大きな事故になりかねません。
法律やガイドラインを守ることは当然ですが、その根底にあるのは、人間の権利やプライバシーに対する配慮です。デジタルツールが高度化すればするほど、権利者や読者に対する編集者の誠実な姿勢が問われています。
4.講義の真髄:法律やルールの先にある「人間同士の信頼関係」
講義の後半、並木氏は編集実務の本質について深く語られました。
法律や契約、規約といったルールは、あくまでトラブルを防ぐための防波堤であり、それ自体が目的ではありません。出版物や教材、Webコンテンツといったモノづくりは、著者、イラストレーター、デザイナー、カメラマン、印刷会社、そして法務担当者やクライアントといった、無数の《人の手》と《情熱》が重なり合って成立しています。
編集者の本当の役割とは、法律の専門家になることではなく、関わるクリエイターやパートナーが安心して最高のパフォーマンスを発揮できる環境を整えることです。
「この編集者となら、安心して一緒に仕事ができる」 「この人なら、自分の作った権利や作品を大切に扱ってくれる」
そう思ってもらえる日常のコミュニケーション、丁寧な契約内容の説明、相手へのリスペクトこそが、どんな法的手続きよりも強固な危機回避になります。契約書を交わすこと以上に、その前段にある対話と配慮によって結ばれる人間同士の信頼関係こそが、トラブルを未然に防ぎ、素晴らしい作品を生む土台となります。
おわりに:法務と実務の知識を知るからこそ、表現は自由になれる
法的なリスクや生成AI時代の著作権リスクを恐れるあまり、縮こまって何も挑戦できなくなってしまうのは編集者として本末転倒です。しかし、「どういったものに権利が発生し、どのような手続きが必要か」という法律と実務の両面からの知識を持っておくことで、現場で根拠を持った危機回避の判断や配慮ができるようになります。
正しく恐れ、正しく守る。そして、関わるすべての人と温かい信頼関係を築きながら、より良いコンテンツを世に送り出す――。
並木氏の講義は、コンプライアンスの知識を超えて、これからの時代を生き抜く編集者としての姿勢と心構えを再確認させてくださる、深い学びの機会となりました。








