『編集者のための 生成AIハンドブック』を読んで
●AI時代における人間の「身体性」と「責任」
エディット発行の『編集者のための 生成AIハンドブック』を拝読しました。キャラクターづくりをはじめ、本書内のイラストがすべてAIによって作成されているとお聞きし、技術の到達点に改めて驚かされています。まえがきにある通り、生成AIは凄まじいスピードで進化しており、現在では適切なプロンプトさえあれば、一般的な記事や論文などはAI任せで生成可能なレベルに達しています。
私たちはすでに、「生成AIを使うか、使わないか」という議論を終え、「どう使うかを考える」時代を生きています。本書は、そのための実践的なガイドラインとして非常に役立つ一冊です。
本書では、「生成AIの原理」から「法的な問題」、そして具体的な「活用Tips」までが極めて分かりやすく解説されています。特に、同社が掲げる「配慮を要する機密情報は学習させない」「他者の著作物を参照させる利用はしない」「AIはあくまで補助であり、最終結果は人の目を通す」という三か条の宣言は、編集者がAIと向き合う上での模範的な姿勢だと感じました。現在、全体の9割をAIに頼って作品を執筆する作家も存在すると聞きます。作家自身の強烈な「個性」をAIに学習させれば、本人の文体を再現するだけでなく、時に人間よりも興味深い展開を提示してくれることもあるようです。
しかし、私たち人間がAIを道具として使いこなすためには、決して忘れてはならない「二つの注意点」があると私は考えています。
一つ目は、「文章は基本的に、書き手の『身体性』に基づかなければならない」ということです。現在のAIは、既存のデータの組み合わせには長けていますが、全く新しい概念や、生身の経験に根ざした感情を生み出すことはできません。もし人間が自ら考えることを放棄すれば、私たちはAIの出力結果を深く理解することも、その適切さを判断する能力も失ってしまうでしょう。これを防ぐためには、私たち自身が継続して多くの本を読み、深い読解力と批判的思考を養い続けるしかありません。
二つ目は、AIが引き起こす「エコーチェンバー現象」と「甘言」への警戒です。生成AIは使えば使うほど、ユーザーの好みに適応していきます。例えば、新しい視点の追加をAIに提案すると、「とても素晴らしい視点です。文章に深みが出ますね」と、ユーザーの自尊心をくすぐるような反応を返してくることが多々あります。これが的確なアドバイスであれば良いのですが、時にはとんでもないハルシネーション(事実誤認)であることも少なくありません。こうしたAIによる「よいしょ」は、作成者の気持ちを心地よくさせるため、気づかぬうちにファクトチェックを怠る危険性を孕んでいます。
最後に、本書の実践的な「活用Tips」はどれも現場ですぐに共有したいと思える有益なものでした。同時に、私の中には「この本自体が、どこまでAIに依存して作られたのだろうか」という興味も湧いています。推測ですが、おそらく8割ほどは生成AIの力を借りているのではないでしょうか。しかし、どれだけAIに依存しようとも、最終的に著者が責任を持ってファクトチェックを行い、内容を確定させていれば、それは間違いなく「著者の著作物」として成立するはずです。現在のところ、AI生成物と人間の創作物を法的に厳密に区別することはほぼ不可能です。だからこそ、AIを駆使して生まれたものも、最終的な「人間の責任と編集的寄与」をもって一つの著作物として扱う。それが、これからの時代のスタンダードになっていくのだと思います。本書は、その新しいスタンダードのあり方を提示してくれた優れたガイドブックでした。
(注)
「感想」には推測として文はAIの力を借りて作成したのではないかとありますが、作者に確認したところ、文章は100%オリジナル作成とのことでした。
文/エディット元常任顧問・塚本鈴夫(ペンネーム・沢瀉夏生〈おもだか・なつお〉で「note」に「AIと遊ぶ」等の連載記事を掲載中。
https://note.com/omodaka_natsuo








